数10年ほど前、国分寺台の稲荷台古墳から出土した鉄剣に「王賜」の文字が刻まれていたとして、大騒ぎになった。
しかし、その後の消息を聞いた覚えがない。
それが最近になって、出土品を保管していた文化財センターから、発掘作業に携わっていた男性(センターの嘱託職員)が市の許可を得ずに出土品を自宅に持ち帰っていたと報道された。
そのため、重文指定の手続きができていなかったという。
これはアウト。
センターで保管していた物品を職員が勝手に持ち出すなど、立派な窃盗罪、業務上横領罪だ。
しかし、なぜか市は及び腰の態度。
市は強制執行でほとんど取り戻し、残りも返還される見込みというが、そんな手間をかける前に、男性を窃盗罪などで訴え、即座に取り戻すことはできなかったのだろうか?
たった一人のせいで、大事なものの文化財的位置付けが遅れる。
そういえば、チバニアンの認定でも、そんなことがあった。
両案件ともに市原市。
偶然とはいえ、なにか因縁めいたものを感じた。
以下は7月8日の毎日新聞記事。
『古墳の出土品、市に返還へ 発掘調査の男性が無断持ち出し』
千葉県市原市の古墳「稲荷台1号墳」の出土品などを無断で持ち出して保管しているなどとして、市が発掘調査を担当した男性(74)に返還を求めた訴訟が8日、千葉地裁で和解した。
男性が1年後に古墳の出土品を市に引き渡すことが盛り込まれた。
返還されれば、文化財指定の手続きに必要となる報告書の作成が可能となるため、市は古墳から出土した国内最古の有銘鉄剣「王賜銘鉄剣」の国の重要文化財指定を目指す。
最古の有銘鉄剣、文化財指定可能に
訴状などによると、男性は市主体で組織された埋蔵文化財調査会の下で編成された調査団のメンバーとして、1号墳の発掘調査を担当した。
その後、市文化財センターの嘱託職員として在籍していた1990年10~12月、市の許可を得ないまま出土品などを自宅に運び出した。
市は返還を求めてきたが、男性は話し合いを拒否。
このため、2019年8月に出土品などの占有移転禁止の仮処分を千葉地裁に申し立て、強制執行で差し押さえた。
ただ、須恵器など4点が見つからなかったため、20年1月にすべての返還を求めて提訴していた。
男性が持ち出した出土品の中に「王賜銘鉄剣」は含まれていない。
ただ、年代特定の鍵となる須恵器などが持ち去られていたため、報告書が作成できず、国の文化財指定を受けられない状態が続いてきた。
稲荷台1号墳
5世紀中期~後期に築造された12基の「稲荷台古墳群」の一つ。
直径は27・5メートルに及び、古墳群の中で最大の規模を誇る。
墳丘上の埋葬施設から見つかった鉄剣を1987年に国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)で鑑定したところ、約1500年前に造られたものだと分かり、王から授けられたことを意味する「王賜 敬 」の刻銘も見つかった。
https://mainichi.jp/articles/20200704/k00/00m/040/229000c